​後藤屋の歴史

初代 後藤良兵衛

明治元年、屋号 後藤屋 大工職人として自立

明治44年 65才没

二代目 治太郎(俗名伝兵衛)

冨次精斉の弟子

大工職人の傍ら副業として「印判彫刻師 玉寶堂」も営む

商標を(※1 カギダイ)と定め、後藤屋とする

主な業績

日御碕神社(大社町)下の宮、上の宮拝殿修理(明治38年頃)

同樓門修理(大正11年頃)

永昌寺(母里)位牌堂新築  (大正12年頃)

昭和20年 68才没

三代目 熊太郎

京都で修行  南禅寺、河井寛次郎邸等に従事

(婿養子)護国神社(松江)、澤田邸座敷(広瀬)に従事

昭和16年 39才没

四代目 喜郎

山田亀市氏に師事

主な業績

永昌寺(母里)鐘楼新築

雲光寺(鳥取県南部町)鐘楼新築

天理教母里分教会(母里)神殿新築

天理教本部(奈良県天理市)西礼拝場普請に従事

平成19年 74才没

五代目 史樹

昭和50年、法隆寺西岡棟梁の紹介で、東京安田工務店にて修行

昭和57年帰郷 安来市重文清水寺本堂修理工事以来、持田 豊氏の指導により文化財工事に精通する

平成12年日本伝統建築技術保存会設立 理事就任

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※1 カギダイ